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「幸せのかたち」とCSルイスの「善」に関する洞察

「幸せのかたち」という言葉がある。

私の大好きな作家CSルイスは、その著書『天国と地獄の離婚』の「はしがき」のなかで、
『もろもろの生物は、完成度が加わるにつれて、相互にますます隔たって行く。善もまた、成熟するに従って、いっそう悪とちがったものになるばかりでなく、他の善ともちがったものに、たえず、なって行くのである。』
ということを語っている。

私はこの「善」という言葉を「幸福」と置き換えてみても、それは真理なのではないかと思う。

『「幸福」もまた、成熟するに従って、他の「幸福」ともちがったものに、たえず、なって行くのである。』

※ルイスは「善」について「成熟」という言葉を使っている。「幸福」の場合は「成熟する」というよりは、むしろ「深まって行く」という表現が適切であるかも知れない。

私たちは、周囲の「幸せそうな人」を見て、あの人みたいに「幸せ」になりたいと考える。

しかし、もし私たちがその人と、全く同じ人生を歩む事が出来たとして、果たしてそれが私たちの本当の「幸せ」であるという事が出来るのだろうか。

当然のことながら「幸せそうな人々」も、悩みや苦しみを持っている。
しかし私たちは、その人々の一面を見て「幸せそう」だと想像しているのである。

つまり「幸せそうな人々」を見て、自分の「幸せ」を探そうという視点が、既に誤っているのではないでしょうか。

もし私たちの「幸せ」が、CSルイスが「善」について語ったのと同じように、『他の人の「幸せ」とはちがった「幸せ」』なのだとしたら、それは『自分自身を深く知っていく』という方法でしか、見つけることが出来ないのではないでしょうか。

私たちは、なにかものを「知る」という時、どうしてもまず最初に、自分の「外側のもの」を前提としてしまいます。
つまり私たちは、『自分のことについては、既に充分に知っている』と考えているのです。

しかし、果たしてそれは事実と一致しているでしょうか?
私たちはただ、そう思い込んでいるだけで、実は自分のことこそ、よく解っていないのではないかと思います。

私たちは心理学と統計学の時代に生きています。

心理学と統計学は、私たちを「分類別け」し、レッテルを貼り、私たちが一人一人「ユニークな存在」である事を忘れさせてしまいます。

その反動として、最近では「オンリー・ワンになる」ということが叫ばれています。

しかし事実は、私たちは皆、既に「ユニーク(二つとない)」な存在なのです。とすると「オンリー・ワンになる」という努力も、なんとなく「的をはずしている」ように思われます。

むしろ私たちに必要なのは、自分が「ユニークな存在」であるということを「知る」ことなのではないでしょうか。

「自分探し」という言葉もよく使われています。
私たちはいったい何処で「本当の自分」を見つけ出すことが出来るのでしょうか。

私が知っている中で、『聖書』を除いて、この質問の回答者として、最も相応しい人物はCSルイスである。

CSルイスはその著書『顔を持つまで』のなかで、このテーマについて見事に語りつくしていると思う。

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コメント

そーだった、そーだった、「顔を持つまで」買うんだった。こんどこそ本屋さんで見てみます。
そうか、われわれはオンリーワンを叫ばなくてもすでにユニークな存在だったんだよね。

いやー、けっこういいblogだね!ときどきのぞかせていただきます。いいね、僕もいつかやろうblog。

「喜びの旅路」がやっと第3部に入る、いちおうボクシミナライより


投稿: ボクシミナライ@ザ・覆面K! | 2007年6月14日 (木) 23時07分

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