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言葉の荒廃について

私が尊敬してやまない牧師であり神学者であるユージン・H・ピーターソンは、その著書『牧会者の神学』のなかでC・S・ルイスの『悪魔の手紙』から引用して次のように述べている。

「誘惑者であるワームウッドは、美徳への信頼を失わせるためのもっとも効果的な方法のひとつは、なによりもまず言葉を荒廃させることであると助言している。」       ※正確には「愛情深い叔父」であるスクルーテイプが「親愛なる」甥のワームウッドに助言しているものと思われる。

この引用の前後でピーターソンが語っているのは「禁欲的」という言葉についてである。

「今では、この言葉は、やつれはてた人物、自虐的な、厭世的な人物、女嫌いの人物といったイメージを持つ言葉になり果てた。悪魔たちの働きの結果、現在、この言葉が荒廃させられてしまっている事実については議論も論証も必要としない。いったい、「禁欲的な牧師」と呼ばれたり、そうした形容が評判になることを喜ぶような人間が、私たちの中に存在するだろうか? ・・・中略・・・ けれども、「禁欲的」という言葉は競技をする者たちにとっては必ずしも特殊な言葉ではない。その人たちにとって、それはより卓越したものをめざすトレーニングを意味する。それは競技に際して最善を発揮できるように自分に適した訓練を実践することを意味するのである。」

私もまた、ルイスやピーターソンと同じく、上記のような「言葉の荒廃」を憂えている者である。

一応続く。。

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