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続々・言葉の荒廃について

C・S・ルイス、そしてE・H・ピーターソンによれば、「言葉の荒廃」は「美徳への信頼を失わせる」。

また、新渡戸稲造先生によれば、現在私たちが一般的に用いる「義理」という言葉は、「時をへるうちに堕落して」「本来の意味を離れてしまった」言葉である。

言葉は堕落し、荒廃するものであるという事実には、彼等だけでなく、多くの人々が賛同することだろうと思う。

以前私は、この世界は「絶えず崩壊の方向へ進んでいる」ということを《「形骸化」と「新生」について》という記事の中で述べた。              http://kagenokuni.cocolog-nifty.com/blog/2007/06/post_b394.html

そこで私が述べたかった内容は、そのタイトルの通り「形骸化と新生」についてでした。

そのようなことについて私が関心を抱き、語らずにはいられないのは、私がかつて読み、そして現在もまた、ことあるごとに開き、繰り返し読み続けている偉大な作家たちの著書の影響が大きいのだと思う。

私の未熟な理解によれば、新渡戸先生の『武士道』も、カーライルの『衣服哲学』も、ともに「形骸化と新生」について語っている。

またルイスとピーターソンが、その基礎を置いている(私にとってもまた基礎である)『聖書』もまた、その根底に「形骸化と新生」すなわち「堕落と回復」「死と復活」というテーマを持っている。

これらのことからも「形骸化と新生」は、私にとって、ひとつの大きなテーマなのです。

「言葉」もまた、私にとって重要なテーマです。

『聖書』に於ける「言葉」の重要性については、また別の機会を待つことにして、ここではC・S・ルイスによる児童文学の傑作『ナルニア国ものがたり⑥ 魔術師のおい』から、次の箇所を引用したい。

「生きものたちよ。大丈夫だ。大いに笑え。諸君はもはやもののいえない、おろかものではないのだから、いつまでもまじめくさっている必要はない。なぜなら、笑いも正しさも、ことばであらわされるのだから。」

これはナルニア国の創造主であるライオンの王アスランが、「くにづくり」のとき、ナルニア国の最初の住人になる「ものいうけもの」たちに向かって語っている台詞です。

ここから私は、ルイスが「ことばであらわされる」もの、また「言葉」自体に対して抱いている、大きな関心と畏怖を読み取ります。

当然、ここで語りつくすことは出来ませんが、私はこれからも「言葉」を愛し、「言葉」を畏れ、また「言葉」に関わり続けて行きたいと思います。

最後に、日本語の「アイ」すなわち「愛」という言葉について一考したいと思う。

「言葉」とは、元来は人の口から発せられるものであって、「文字」とは区別されるべきものです。つまり「言葉」とは「話し言葉」のことで、「文字」は、それを表記するための「手段」でしかありません。(もちろん価値ある「言葉」に奉仕する「文字」もまた、価値あるものであることに変わりはありませんが。)

上記から「愛」は初めにあった「アイ」という「話し言葉」を表記するために、人間によって恣意的に発明されたものであると言えます。

日本語では、「哀」もまた「アイ」と読みます。

この「愛」と「哀」は、現在一般的には、全く別々の意味を持つ言葉として用いられていますが、私は、少なくとも複数名の有識者たちが、この二つの言葉を深く関連性のあるものとして理解し、語っているのを見聞きしています。

  1. あい【愛】別ウィンドウで表示
    親子・兄弟などがいつくしみ合う気持ち。また、生あるものをかわいがり大事にする気持ち。「―を注ぐ」 異性をいとしいと思う心。男女間の、相手を慕う情。恋。「―が芽生える」 ある物事を好み、大切に思... [さらに]
  2. 愛は惜しみなく与う【愛は惜しみなく与う】別ウィンドウで表示
    《新約聖書「コリント人への第二の手紙」から》真の愛は、自分の持つすべてのものを相手に与えても惜しいものではない。
  3. 愛は惜しみなく奪う【愛は惜しみなく奪う】別ウィンドウで表示
    《「愛は惜しみなく与う」をもとにした言葉》人を愛するということは、相手のすべてを奪って自己のものにしようとすることである。有島武郎が評論「惜みなく愛は奪ふ」で主張。

  1. あいえつ【哀咽】別ウィンドウで表示
    関連語なく【泣く】 ⇒関連語むせぶ【咽ぶ・噎ぶ】 
  2. あいがん【哀願】別ウィンドウで表示
    嘆願 哀訴 愁訴 泣き付く 泣きを入れる ⇒関連語なきつく【泣き付く】 
  3. あいしゅう【哀愁】別ウィンドウで表示
    哀傷 哀切 悲哀 哀れ 寂しさ ペーソス 
  4. あいせき【哀惜】別ウィンドウで表示
    関連語おしむ【惜しむ】 
  5. あいせつ【哀切】別ウィンドウで表示
    関連語あいしゅう【哀愁】 ⇒関連語かなしい【悲しい】  

「愛」は「自分」と「他者」との区別を打ち消すものである、ということを以前《『キリスト教信仰和賛』解説第5回》の中で述べた。                http://kagenokuni.cocolog-nifty.com/blog/2007/06/5_f907.html

すなわち愛とは「喜ぶ者とともに喜び、泣く者とともに泣く」ことであると思う。

しかし、現代一般に言う「愛」という言葉からは、そのような意味は失われてしまっているように思う。

これは「悪魔の働き」によるものであろうか、或いは「人為的の故」であろうか。恐らくはその両方が原因であろうと思う。

長らくお付き合いを頂いた方々に心からの感謝を捧げつつ、「言葉の荒廃について」は、以上で閉じたいと思う。

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