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オー・ヘンリー(O.Henry)

オー・ヘンリー(O.Henry 1862.9.11-1910.6.5)は日本でも広く親しまれているアメリカの小説家で、特に「短編小説の名手」として有名である。

私もまたオー・ヘンリーのファンの一人である。

オー・ヘンリーの作品の特徴は、ユーモアと機知に富んだ風刺、そして意外な結末である。そしてヘンリーの作品を読めば読むほど、彼の作家としてのバランス感覚の鋭敏さに感服せずにはいられない。すなわちそれは、「人間としてのバランス感覚」である。

優れた作家たちのすべてがそうであるように、ヘンリーは非常に「豊かな、暖かい人間理解」を持っていた。

私の勝手な思い込みであるかも知れないが、ヘンリーは、単純な「善と悪」、「勝利と敗北」、「成功と失敗」などについては、全く語らなかったと思う。

むしろヘンリーは、「運命と偶然」、「愚かさと賢明さ」、「罪と善行」、「絶望と希望」などということを混合して物語を描いた。

恐らくは、そのようなものこそ、ヘンリーが生きていた世界のリアリティーであったからではないかと思う。

ここに、岩波文庫版『オー・ヘンリー傑作選』(大津 栄一郎訳)の解説から引用したいと思う。

1904年から5年にかけての彼がもっとも多産だった時期、書いたものはすべてニューヨークものだった。電車と辻馬車のニューヨークでけんめいに生きている貧しい人々の、あるいは移民の、あるいは新興成金の、つまりニューヨーク生活の哀歓をあますところなく描きつくした――それも、悪漢や詐欺師を描く筆にいちばんよく現れているように、まだ現代の疾患を知らぬ、暖かい、優しい眼で。人生になにかを求めて得られないで悲しんでいる者には、彼の作品はかならずそのなにかを与えてくれるはずである。彼の作品は永久に残るにちがいない小さな古典である。

現代にこそオー・ヘンリーの持っていたような「現代の疾患を知らぬ、暖かい、優しい眼」を私たちは取り戻さなければななないと、私は思う。

それでは、既に「現代の社会的病理」を知ってしまっている私たちに、「現代の疾患を知らぬ」ということはどのように可能であろうか。

全くの持論ではあるが、「失ってしまった(時代の)感覚」を取り戻す最良の方法は、その感覚を持った「物語」を読むことではないかと思う。

現代の「人生になにかを求めて得られないで悲しんでいる」すべての人たちに、ぜひともオー・ヘンリーを読んで欲しい。

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