「welfare(ウェルフェア)」から「well-being(ウェルビーイング)」へ
久し振りの更新です。
この4月から久し振りに学生に戻り「福祉」について学び始めました。
そんな中で最初に触れた言葉が「welfare(ウェルフェア)」と「well-being(ウェルビーイング)」という二つの言葉です。
英和辞典で調べると、どちらも「幸福」或いは「福利」という意味の単語ですが、一般に日本語の「福祉」に対する訳語としては「welfare」を使うことが多いようです。
ウィキペディアで「福祉」と検索してみても、まず最初にあるのは「社会福祉」としての「social-welfare」で「well-being」という語は補足的に、同一の意味を持つ単語として記載があるだけです。
ところが、近年の福祉の現場では、この二つの言葉を別々の意味を持つ言葉として使い分ける傾向にあります。
例えば
「welfare(ウェルフェア)」=事後処理的な対応
「well-being(ウェルビーイング)」=人権の尊重・自己実現
などがそうですが、これが必ずしも正しいという訳ではなく、勿論「welfare」にも人権の尊重や自己実現という概念も含まれいています。
どうやらポイントは「welfair」が事後的、補完的、代替的である、”従来的な「社会福祉」”の有り方を表すのに対して「well-being」の方は、より個人の尊重、自己実現、権利擁護を基調にする”これからの「社会福祉」”の有り方を表すのに用いられているということのようです。
そして近年「welfare(ウェルフェア)」から「well-being(ウェルビーイング)」へというスローガンがしきりに叫ばれている。
これを別の言葉で言えば、従来の「社会福祉」が憲法第25条(すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。)に基礎をおいた、国民の”最低限度の生活”を保障するものから、憲法第13条(すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。)に基礎をおいた国民の”自由及び幸福追求”を助長するものへの変革と言えるかも知れない。
上記のようなことが叫ばれるのは大変結構なことであると私は思う。
しかし、そのような中で、貧富の差は広がり従来的な「社会福祉」の保証である「生活保護」の対象者は年々増加している。また、「生活保護」不正受給者がいる一方で、本当に、「生活保護」を必要とする人が、「自立支援」の名の下に保護を打ち切られたり、窓口へ行っても手続きをさせないなど、行政による弱者の切捨てが横行している。そのために最悪のケース、この”豊かな国日本”で餓死者が出ている現実がある。
また、老人の孤独死、年金問題、後期高齢者医療制度など、高齢者福祉についても問題は山積している。
問題は多く、しかも巨大である。しかし、まずは私たち国民の一人ひとりが「welfare(ウェルフェア)」について、また「well-being(ウェルビーイング)」について深く考えることからはじめてはどうだろうか。
私は「welfare(ウェルフェア)」と「well-being(ウェルビーイング)」という言葉に意味の違いがあると考えた場合、どちらも共に大切であると考えます。
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