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『チャンス』(Being There)-1979年-アメリカ

この映画を見終えたとき、とても懐かしい、大好きな友人に再会したような気分になった。

また、こんな映画に今まで出会えていなかったことを残念にも思った。

矛盾しているが、そんな嬉しいような、勿体ないような気持ちになった。

どうやら私は、ひさしぶりに隠れた名作に出会ってしまったようだ。

以前からこの作品をよくご存知の方は、「隠れた」なんてとんでもないと仰るだろう。

主演は「ピンク・パンサーシリーズ」のピーター・セラーズ、競演には『愛と追憶の日々』でアカデミー主演女優賞を受賞したシャーリー・マクレーンと、往年の映画ファンにはそれだけで充分魅力的であろう。

しかしなにしろ、この作品が劇場公開されたとき私は2歳であるから、全く知らなかったことにもご理解頂きたい。

私はこの作品のDVDを何となく手に取り、ストーリーに魅惑を感じたというだけの理由で、何の予備情報もなくこの作品を見た。

パッケージの裏にはおおよそ次のような内容が書かれていた。

ワシントン郊外。主人が亡くなり、行き場のなくなった中年の庭師チャンスは町をさまようことに。彼は屋敷の外を知らず、草花をいじり続け、テレビだけを楽しみに生きてきた男だった。やがてチャンスは政治をも左右する財界の大物ベンジャミンと知り合う。

この作品の魅力は、作品全体に流れる雰囲気である。派手さは全く無い、そこがいい。

静かな時がゆっくりと流れている。

見ていて気持ちがいい、上品なユーモアが洒落た感じのするとても素敵な映画、そんな感じがする。

主人公のチャンスは超然としている無口な男で、尋ねられたことに言葉少なく答えるだけのことが多い。非常に丁寧なやさしい言葉遣いは知性を感じさせる。

しかし、作品中でははっきり語られないが、チャンスは知的にか精神的にか、明らかに障害を持っている男である。

チャンスは出生も明らかでない謎の男だ。

原題の「Being There」とは「ただそこにある(もの)」という意味で、主人公のチャンスを表わしている。

映画情報サイトの紹介文などには「傑作コミカル・ファンタジー」「社会風刺作」などの言葉が並んでいる。

確かにその通りの作品である。

この記事を読んでぜひこの作品を見てみようと思った方は、ストーリーについては私と同様に精々その程度の予備情報で見ることをお奨めする。

そうであるから、以下の情報も余計な先入観を与えてしまう可能性のあるものであるが、恐らくこのことを加えることで、この映画を見てみたいと思う方の層が広がると思われ、それこそ私の望むところであるのでほんの少しだけお節介な情報を加える。

私は後から調べて知ったのであるが、実はこの作品は、ニーチェの『ツァラトゥストラはかく語りきを下敷きにした作品である。

そういえばBGMにアレンジされたリヒャルト・シュトラウスの交響詩『ツァラトゥストラはこう語った(1896年)』が流れていたのだ。

またこの映画のラストシーンは、私と同じキリスト教信仰を持つ者にとっては、非常に痛快で思わずニヤリとせずにはいられないであろう。

とは言っても決して宗教色の強い映画ではないのでそうでない方もご安心を。

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