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アマルティア・センの「潜在能力アプローチ」

アジア初のノーベル経済学賞受賞者であるアマルティア・センの最大の功績といわれる「潜在能力(capability ケイパビリティ)アプローチ」について紹介したい。

まずは「潜在能力アプローチ」について、センの著作『福祉の経済学──財と潜在能力』の中から引用することからはじめる。

このアプローチは、福祉を、ひとが享受する財貨(すなわち富裕)とも、快楽ないし欲望充足(すなわち効用)とも区別された意味において、ひとの存在のよさの指標と考えようと試みる。

ひとが実際に達成しうる価値ある活動や生活状況に即してひとの生き方の質を判定する

実のところ、評価することは福祉の判断の不可欠な一部なのであって、潜在能力アプローチは、この問題に明示的に焦点を合わせたものに他ならない。そのうえで本書は、福祉の判断に際する評価の適切な対象は、ひとが実現することができる存在や行為であることを主張している。いうまでもなく、評価は内省的な活動である

本書が提唱する福祉へのアプローチは、われわれの無批判的な(なんらかの形式の効用に反映される)感情や、われわれの(実質所得に反映される)富裕の市場評価よりも、われわれの思想や内省に優先度を与えるのである。

福祉の主観的指標として効用がもつ限界は、明瞭に区別されるべき二つの異なる理由から生じるものだということも、恐らくここで指摘しておくべきだろう。第一に、幸福であるとか欲望をもつということは主観的特性であって、われわれの客観的な有様(たとえば、どれほど長生きできるか、病気にかかっているか、コミュニティの生活にどの程度参加できるか)を無視したり、それとかけ離れたりすることが十分にありうる。第二の限界は、主観的概念としてみても、効用は主観的評価ではなく感情にかかわる概念だという事実から生じるものである。

「潜在能力アプローチ」は機能の客観的特徴に注目し、しかもこれらの機能を、感情にではなく評価に基づいて判断する。ひとびとの評価が、究極的にはかれら自身によってなされ、その意味において主観性の残滓をもつとしても、その要素はなお評価と内省に基づいている。この点は、特に強調に値する。なぜならば、効用に基礎をおく判断を擁護するひとびとは、効用の基礎を離れることは必然的にパターナリズムとなり、ひと自らの判断の否定を意味せざるをえないと、しばしば主張しているからである。実のところ、全く正反対の主張こそ正しい。効用に基礎をおく判断は、ひと自らの評価になんら直接的な重要性をも認めずただ感情のみを考慮するのに対して、「潜在能力アプローチ」は、ひとびとがその人生において達成したいものに関してひとが自ら下す(内省的・批判的な)評価に基礎をおいているからである。

ひとの潜在能力集合は、ひとがそこから選択を行いうる機能の組合わせの集合として形式的に表現されている。それは、ひとが福祉を実現する自由度(別の箇所で私が「福祉的自由」と名付けたもの)を表現するものに他ならない。もし仮に、自由が手段としてのみ評価されるのであれば、潜在能力アプローチによる福祉の評価は、その折々の潜在能力集合から選ばれた機能の組、すなわちひとが実現する機能の組の評価となんら異ならないものとなるだろう。しかし、ひとの福祉にとって自由がなんらかの内在的な価値をもつと考えられる場合には、潜在能力集合の評価はそこから選ばれた要素の評価とは必ずしも一致しない。問題の本質は、手段としての役割を越えて、すなわち自由がどのような実現形態をもつかを越えて、われわれが自由に価値を認めるか否かにある。

つまり、センによれば、「潜在能力アプローチ」とは人の機能の客観的特徴に注目し、しかもそれらの機能を、感情にではなく評価に基づいて判断するものであり、また、ひとびとがその人生において達成したいものに関してひとが自ら下す(内省的・批判的な)評価に基礎をおいているものなのである。

また「潜在能力」とは、諸財の有する特性を個々人の財(特性)利用能力・資源で変換することによって達成される諸機能の選択可能集合であり、個人の「福祉的自由」(well-being freedom)を表すものであると理解することができる。ここにおける福祉的自由とは、選択することを外的に妨げられないのみならず、「選択の積極的能力」(the positive ability to choose)を意味する概念である。

すなわち、潜在能力とは「人が善い生活や善い人生を生きるために、どのような状態にありたいのか、そしてどのような行動をとりたいのかを結びつけることから生じる機能の集合」を意味する概念であり、より具体的には、「よい栄養状態にあること」「健康な状態を保つこと」から「幸せであること」「自分を誇りに思うこと」「教育を受けている」「早死しない」「社会生活に参加できること」などを扱う。そしてセンは、「人前で恥ずかしがらずに話しができること」「愛する人のそばにいられること」も潜在能力の機能に含めることができるとしている。

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