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「人間福祉」という用語についての私論

 近年、社会福祉系、或いはその関連領域の学問領域において「人間福祉」という語が用いられている。

 また複数の大学の福祉系学部や学科名において「人間福祉学」という語が用いられるようにもなってきている。

 ここで「人間福祉」という語を問題とするまえに、まず、その背景となる社会科学の一領域である「社会福祉学」という学問について簡単な整理をしてみたい。

 一番ヶ瀬康子・真田是編の『社会福祉論(新版)』(有斐閣双書)においては、社会福祉という言葉を目的概念的規定と実体概念的規定との2側面から捉え説明している。

 目的概念的規定としては「行為あるいは制度・政策の目的概念として、また形而学上な意味あるいは当為概念として用いられる場合」であり、「それは『社会のしあわせ』『社会全体の幸福』というような漠然とした意味・内容でつかう場合」と研究者の中で「一連の諸政策や制度がめざす目的をさすものとして」捉えられる場合があることを指摘している。

 また、実体概念的規定については、「行為あるいは制度・政策それ自体すなわち現実に存在する実体概念として、形而下的な存在概念」であって、実体概念的規定にはさらに広義と狭義の2つがあるとしている。すなわち広義とは「いわば社会福祉というなのもとに呼ばれている行為・制度・政策を総称して呼ぶ用法」であり、狭義とは「社会福祉という用語を狭義に用い」る場合であり、この場合「従来いわれてきた社会事業ということばとほぼ同義語」であるとしている。

 さらに一番ヶ瀬氏はその後の著書の中で「社会福祉」と「福祉」について、福祉は、「広義には”幸福”や”幸せ”であり、狭義には、広義の福祉の前提となる”暮らしむき”あるいは”幸福追求のための暮らしの条件”であり、社会福祉は、その福祉をめぐるところの社会方策あるいは社会的努力である」としている。

ここで「福祉」という言葉をその成り立ちから考えてみたい。

 「福」と「祉」は、ともに「しあわせ」や「ゆたかさ」を意味する漢字で、元々は日本国憲法作成時におけるGHQ案の英語原稿翻訳を行う際Social Welfare(社会福祉)の「welfare」に対応する語が存在しないために充てられた言葉である。そして英語のwelfare には、fare には、「行く」という意味があり、well(うまく)fare(行く)という語源的な意味があるとされている。ここからwelfareとは、語源的には「よい状態、うまくいっている状態」を意味し、「広義の福祉」と一致する。

 用例としては「公共の福祉」などという場合がこれである。

 一方、福祉という言葉は慣用的には、「社会的に恵まれない人々のための」といった前提を含む、社会保障制度そのものを指して用いられることが多い。これが「狭義の福祉」である。ここから「福祉の世話になる」というマイナスイメージの強い言葉も生まれることとなる。

 また近年、welfareに替わる用語として、人の「行き方」や「生き方」を越えて、もっと根本的な人の「存在のあり方」に焦点を当てた、「存在のよさ」としてのwell-beingという語が広く用いられている。

 前置きが長くなったがここから以上の内容を踏まえて、本題である「人間福祉」という用語に関心を戻したい。

 ここまでの内容からは「福祉」という言葉が、大きく分けて目的概念と実体概念という2つの意味を持って用いられていることがはっきりとしたであろう。

 また「福祉」という言葉は、目的概念的に用いられる場合にしろ、実体概念的に用いられる場合にしろ、その主眼は社会の構成員である「人間」の「幸福」にあるということも明らかにされたものであると筆者は考える。

 それゆえ「福祉」という言葉を用いる限り、研究であれ実践であれ、その主題は「人間の幸福」であり、その最も現代的な表現はHuman well-being=「人間福祉」なのである。

 藤村正之氏は、その著書『福祉化と成熟社会』(ミネルヴァ書房)の中で、現代社会において、産業化と近代化がもたらした社会問題への解決を模索する社会現象としての「福祉化」が進行していること及びその「福祉化」には2つの段階があることを指摘している。

 藤村氏によれば、「福祉化」の第一段階とは「社会構造の安定化を基盤としつつ、社会福祉・社会保障や保健・医療など、私たちの生活や生命の保障に密着した社会的領域が制度的・政策的に進展してきたこと」であるとし、第二段階は「対象者に個別的に接近することを基本的目標とし、異質性と自立性を保っていく姿勢を確保しようとするところに主眼がある」と指摘している。

 このブログにおける筆者の最大の関心の一つは、「人間」が「ひとりの人」として貴ばれることであり、藤村氏の指摘する第二段階の「福祉化」に深く共感するものである。

 そこで筆者はHuman well-being=「人間福祉」を、藤村氏の第二段階の「福祉化」の過程で登場した「人間」が「ひとりの人」として貴ばれる「福祉」であると捉る。

以上は近年社会福祉系の学問分野において用いられるようになった「人間福祉」という用語についての筆者個人による私論である。

主な参考文献

『社会福祉論(新版)』(有斐閣双書)一番ヶ瀬康子・真田是編

『社会福祉とは何か -現代の社会福祉-』(ミネルヴァ書房)一番ヶ瀬康子著

『福祉化と成熟社会』(ミネルヴァ書房)藤村正之著

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