« 2010年10月 | トップページ | 2010年12月 »

2010年11月

迷い子郵便の配達員

 かつてひとりの男が春でもない真冬に、死人の中からよみがえった。イースターでなくて、クリスマスに復活したのである。

 これは今から100年くらい昔のある年、本当起こったできごとである。

 イギリスの小都市にひとりの男が住んでいた。仮にフレッド・アームストロングとよんでおく。彼は地方の郵便局で働いていた。そして「迷い子郵便の配達員」とよばれていた。彼はあて先の住所がまちがっていたり、判読できなかったりして迷っている郵便を扱っていたからである。彼には小柄な妻と、かわいい娘と、幼い息子とがいて、古い家に住んでいた。彼は夕食後、子どもたちに囲まれて、パイプをくゆらしながらベランダにすわり、最近に起こった迷い子郵便と、そのじょうずな処置について話してやるのが常であった。彼は自分が探偵であるかのように思っていた。彼のひとみはおだやかで曇りがなかった。

 彼のかげりのないひとみは、ある晴れた日の朝まで続いた。この日、幼い息子が病気になった。医者は息子を診察した当初から、むずかしい顔をした。四八時間も経たないうちに息子はふたたび帰らぬ人となった。

 悲しみのために、フレッド・アームストロングの魂は絶え入るばかりであった。妻と、かわいい娘マリアンも打ちひしがれていた。しかし、このふたりは悲劇に耐えようと懸命であり、のちの人生を最良のものにしてゆこうと心に決めていた。父親だけが違っていた。彼の人生はあて先のない「迷い子郵便物」となってしまった。

 朝になると、フレッド・アームストロングは仕事に出かけるため、気力のないままに寝床から起きた。話しかけられるまで話そうとせず、話しかけてもできる限り短いことばで答えるだけであった。フレッドは自分の仕事を無言で行ない、たったひとりで昼食をとり、夕食の席には銅像のようにすわり、じきに寝室に引きあげるのであった。しかし、妻はフレッドがほとんど一晩中目をあけて天井を見つめながら起きているのを知っていた。五月から一二月へと月日は移っていったが、フレッドの無表情はいっそう深刻になってゆくようであった。

 妻は夫と話し合おうと努めた。妻は夫の絶望状態が死んだ息子に対してふさわしくないし、生きている者にとっても適当でない、と語った。妻は夫の状態が、精神の障害を起すのではないかと心配した。しかし、妻のことばはなに一つ通じないようであった。

 クリスマスが間近に迫っていた。身を刺すように寒い日の午後、フレッド・アームストロングはゆらゆら揺れる電燈のもとで、高い椅子にすわり、新しい手紙の山と取り組んでいた。束ねた手紙のいちばん上にあったのは、一通の封書であった。それは配達できないことが明らかであった。たどたどしいブロック体の文字が、鉛筆でもって書かれていた。

 「北極地。サンタクロース様」

 アームストロングは封を開き始めた。その破り目を捨てたとき、なにかわからない衝撃が彼をためらわせた。彼はそっと手紙を開いて読んだ。

 サンタクロース様。
 わたしたちのおうちは、今年とても淋しいのです。でも、わたしには何も持ってきてほしくないのです。わたしの弟は今年の春、天国へ行ってしまいました。あなたが、わたしの家に来てくださるとき、弟のおもちゃを持って行って天国にとどけてやってください。弟のおもちゃは、まとめて台所のガス・レンジのそばに置いておきます。弟の木馬も、汽車も、その他ぜんぶ置いておきます。弟はおもちゃがなくて、天国で淋しがっていると思います。とくに木馬がなくてた大へんがっかりしているでしょう。弟は木馬に乗って遊ぶのが、一番好きでした。だから、どうしても届けてやりたいのです。どうぞ、わたしに何を置こうかと心配しないでください。でも、もしお父さんに何かをくださるのでしたら、どうか昔のお父さんにしてください。以前のように、またパイプをくわえて、わたしにお話をしてくれるお父さんにしてください。ぜひ、お願いします。
 わたしは、お父さんがお母さんに、永遠の生命だけが自分をなおすことができるのだ、と話しているのを聞きました。“それ”を、お父さんに持ってきてくだされるでしょうか。わたしは、とても良い子にしているつもりです。・・・・・   マリアンより

 その夜、フレッド・アームストロングは、明かりのついた街を足ばやに家へ急いだ。冬の夜の静かな暗闇に包まれた庭先に立って、フレッドはマッチをすった。そして、勝手口の戸を押し開けたとき、フッーと大きな煙を吐き出した。すると煙は驚きの顔で立っている妻と娘とのまわりに、後光のようにかかった。フレッドは昔のフレッドのまま、静かにほほえんでいた。  F・アワズラー原著 鳥羽徳子・鳥羽和雄翻案『現代のたとえ話』より

 100年、フレッドのもとには確かに「永遠の生命」が届けられたようである。そして今年も、クリスマスには「永遠の生命」が、確かに届けられるであろう。

 現代は、フレッドが生きていた時代以上に「永遠の生命」を必要としている時代であると私には考えられる。

 世界は病み、不安と絶望が急速に拡大している。

 私はここでフレッドの言葉を借りて、敢えて宣言したい。

「永遠の生命だけが世界をなおすことができるのだ」

 神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。
 神が御子を世に遣わされたのは、世をさばくためではなく、御子によって世が救われるためである。   ヨハネの福音書3章16、17節

にほんブログ村 哲学ブログ キリスト教・クリスチャンへ

人気blogランキングへ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

世界で最も有名なクリスマス・キャロル『きよしこの夜』誕生秘話

一八一八年のこと。

クリスマスに近いある日の午後、オーストリアのオーベルドルフという小さな村の教会で、小さな事件が起こりました。

村の学校の校長、グルーバー先生は教会のオルガン奏者でした。

先生は大事なクリスマスの礼拝のために練習をするため、教会のオルガンの前に座ってペダルを踏みましたが、さっぱり音が出ませんでした。先生が驚いて真っ青になりました。

先生が調べてみると、ねずみが空気ぶくろに穴をあけていたことがわかりました。

すぐに修理などできる状態ではありませんでした。

どうしたものかと困り果てた先生は、神さまにお祈りしていました。

するとそこへ、神父のヨゼフ・モール先生がやってきました。

「先生大変なことになりました。じつは、、」

グルーバー先生は事情を説明しました。

するとモール神父は微笑んでこうおっしゃいました。

「グルーバー先生。オルガンがだめなら、ギターがあります。これは私がつくった詩ですが、先生がギターでこれに曲をつけてくださいませんか?」

きよし この夜 星は光り
救いの御子(みこ)は 馬槽(まぶね)の中に
眠り給う いと安く

きよし この夜 御告(みつ)げ受けし
牧人(まきびと)たちは 御子の御前(みまえ)に
ぬかずきぬ かしこみて

きよし この夜 御子の笑みに
恵みの御代(みよ)の 朝(あした)の光
輝けり ほがらかに

その詩は前日、モール神父が、あかちゃんの生まれた山小屋の家族を見舞ったあと、雪明りの山道を下山したとき、あまりの静けさと清らかな美しさに深く感動して書いたものでした。

その詩を読むうちに、グルーバー先生の心にも、静かな感動が満ちて来ました。イエスさまがお生まれになった夜は、きっとこの詩のとおりだったにちがいない。

こうして名曲『きよしこの夜』は生まれました。

そしてその年のクリスマスの夜、凍りついた雪を踏みしめ、教会に集った村の人たちは、生まれて初めてオルガンなしの礼拝を捧げました。聖歌隊もギターの伴奏で歌うのは初めてのことでした。

そころが、そのシンプルなギターの音色と美しい歌詞の賛美歌は、その場にいたすべての人々の心に深い感動を与えました。

そしてその夜、ジレルタルの谷間に流れた『きよしこの夜』の歌は、歌い継がれて、ついに全世界をつつんでしまったのでした。

もしもあのとき、オルガンが壊れなかったら、この世界で最も有名なクリスマス・キャロルは生まれなかったでしょう。

ちいさなねずみのいたずらが、こんなに素晴らしいクリスマスプレゼントにかえられたのです。

クリスマスにはいつも素敵なことが起こります。

それはクリスマスの主イエス・キリストさまが私たちを愛してくださっている証しなのです。

※これはキリスト教会に昔から伝わっているはなしを私が再構成したものです。

皆さんにも素敵なクリスマスが訪れますように。

にほんブログ村 哲学ブログ キリスト教・クリスチャンへ

人気blogランキングへ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ハンス・クリスチャン・アンデルセンの『天使』について

気の早いことに、街にはイルミネーションとクリスマス・キャロルが溢れている。

クリスマスは誰もが幸せになる日であって欲しいと、私は心からそう望む。

なぜならクリスマスは天国の訪れを意味しているのだから。

このことをどれだけの人が知っているのだろうか。

そこで今日は天国についての寓話のなかでもっとも美しいもののひとつを紹介したい。

それはデンマークの童話作家ハンス・クリスチャン・アンデルセンの『天使』である。

地の上で、いい子が一人死ぬたびに、神さまの天使はきっと大空から下って来て、
死んだ子を腕に抱き、大きな白い羽を広げて、子供がこれまで好いていた町をいくつか飛びこえて行く道々、両手いっぱいの花を摘んで行きます。
その花を神さまのところへ持って行くと、地上に咲いていた時よりも、ずっと美しい花が咲くのです。
神さまはその花を一つ一つ胸にお抱きしめになって、中でも一番可愛らしい花にキスなさいます。
すると花たちは声が出て来て、それは嬉しそうな歌を一緒に歌うのです。

そこである時、天使は死んだ子供を天国へ連れて行く途中、この話を残らず話して聞かせました。
子供は夢見心地でうつらうつらと聞いていました。
二人はやがて、これまで子供が生れてから始終遊んでいた町の上を、ふわふわ飛んで行って、きれいな花の咲いている花園の上を通りかかりました。そこで天使は、

「どの花を摘んで行って、植えようか」

といいました。

見るとそこに一本、すらりとした美しいバラの木がありました。
けれども誰か乱暴な真似をしたと見えて、開きかけたまま、
大きくふくれた蕾が枝ごとどれもこれも折れて、しおれていました。
それを見ると子供は、

「まぁ可哀相に、こんなふうになった花でも、神さまのお傍で咲くでしょうか」

といいました。

そこで天使はその花を取って子供にキスしました。子供はうっとりと半分目を開けました。
それから二人でたくさん、きれいな花を摘んで、人にいやしまれている金戔草(きんせんそう)や、野生の三色スミレまでも一緒にとりました。

「さぁ、これで花が出来上がりましたよ」

と、子供が嬉しそうに言いますと、天使も頷いて見せました。
でもまだ二人はなかなか神さまのところまで上がっては行きませんでした。
もう夜になって、どこもかしこもシンとしていました。
二人は、やはり、大きな町の中で、藁くずや、灰や、
いろいろなガラクタの積んである細い裏通りを飛び歩きました。
ちょうど、この日はその辺りにお引越しのある日でした。
それで、皿小鉢だの、石膏細工のかけらだの、ぼろ切れだの、古帽子だの、
さまざまなゴミがそこらにいっぱいに転がっていました。

そのゴミの中に、植木鉢のかけらと泥のかたまりのあるのを天使は指さしました。
この泥はもと植木鉢からこぼれ出したもので、大きな草花の根でコチコチに固まっていますが、花は枯れてしまっているので、往来へ放り出されていたのでした。

「この花を持って行くことにしよう。理由はこれから飛んで行く途中に話してあげよう」

と天使はいいました。そこで飛びながら、天使は子供にこういう話をして聞かせました。

「あそこの狭い横丁の地下室に、一人の貧乏な子供が寝ていたんだ。
その子は生まれてから始終病気で、床にばかり就いていて、よほど具合のいいときでも、松葉杖にすがって部屋の中を二、三回行ったり来たりする位が関の山だった。
夏のしばらくの間は、この地下室へもせいぜい日に半時間位は日の光が差し込むことがあってね。
そういう時子供は起き上がって、暖かな日が身体に当たる様にしながら、
痩せこけた指を顔の前に持って来るんだ。
そうして日に透かすと指の中の血が、ほんのり赤く透きとおって見えるのを眺めては、

『あぁ、今日は血の気がある』

って言っていたんだ。

春先の緑色に萌える森なんて云うものは、お隣の子がブナの枝を一本くれたので、それで初めて想像がついた位だった。
それから貰った枝を頭の上において、ブナの木の下で夢を見ながら、
日が輝いたり、鳥が鳴いたりするところを目に浮べていた。
するとね、ある春の日のこと、お隣の子が今度は草花を持って来てくれた。
その中に珍しくたった一本、根のついた草花があったので、子供はそれを植木鉢に植えて、寝床のわきの窓の上にのせた。
こうして植えられた草花はずんずん大きく育って、新しい芽を出しては、毎年花を咲かせた。
これは子供にとっては又とない美しい花園で、この世の中での一番大事な宝物になったんだ。
それで、子供は水をやったり、よく面倒を見てやって、
低い窓から差し込んで来る日の光に少しでも当たらせようと心配したりした。
花はこの子供一人のために花を開き、いい香りもまき、目を楽しませもして、始終子供の夢にも入ってきた。
それで、神さまが子供をお呼び取りになった時、初めて死顔を花に向けたというわけさ。

さて、その子供が天国へ来てから、もうかれこれ一年になる。
花はその一年の間窓のところへ置き放しにされたまま枯れていたが、
町の引っ越しで往来へ追い出されてしまった。それがさっきの枯花なのさ。
それをゴミの中から拾い上げたのは、いくらつまらない草にせよ、
女王さまの花園に咲いている立派な花よりも、ずっと大きな喜びを子供に与えてくれたからなんだよ」

すると天使に抱かれて天国へ上る子供が、不思議そうに、

「あなたはどうして、そんな詳しいことを知っているのでしょう」

と聞きました。

「それは知っているともさ」

と、その時天使は答えました。

「だってその時、松葉杖にすがっていた病気の子は、実はわたしなのだもの。だからあの花を見忘れる筈がないんだよ」

その時、抱かれた子供は目をぱっちり見開いて、天使の立派な優しい顔にじっと見入りました。
その瞬間にはもう、喜びと恵みの美しい天国に二人は着いていました。

神さまは死んだ子供を胸に抱きしめて、ほかの天使のように、背中へ羽をつけておやりになりました。
それから天使の持って来た花を、一々胸にお抱きしめになり、
取りわけあの可哀相な花にはキスをしておやりになりました、
花はみんな声が出て来て、神さまの周りに、近く、遠く、中には果て知らない遙かの空にまで飛び回って、そのくせどれもどれも同じように幸福でいる天使たちと、声を合せて歌をうたいました。
それはみんな、小さい天使も大きい天使も、その中には今しがた天使になった子供も、あの枯れたままゴミと一緒に狭苦しい往来に放り出されていた可哀相な草花も、
一緒に混じって、歌をうたったのでした。

私の考える天国とはまさにこのようなものである。

そして世界で最初のクリスマスの夜、イエス・キリストはこのような素晴らしい天国を私たちのもとに運んできて下さったのである。

世界で最初のクリスマスプレゼント、それはこれ以上ないほどに素晴らしいプレゼントであった。

この時から、イエスは宣教を開始して、言われた。「悔い改めなさい。天の御国が近づいたから。」 マタイの福音書4章17節

悔い改めとは、一般には神に立ち返るという意味である。

それは言い換えれば、アンデルセンのように澄んだ瞳と澄んだ心で天国を見つめるという意味であると私は考える。

或いはそうありたいと、ただ心に願うことでもあろう。

今年のクリスマスには、そのような願いを心に持ってみてはどうだろうか。

そしてぜひ、お近くのキリスト教会のクリスマス・コンサートやキャンドル・サービスに出かけてみてはどうだろうか。

にほんブログ村 哲学ブログ キリスト教・クリスチャンへ

人気blogランキングへ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ヘンリ・ナウエンから学ぶ「聖なる空虚さ」(エンプティネス)

 ある禅師の所に一人の教授がやって来て、禅について質問した。禅師はお茶をもてなし、客人の茶碗にお茶を注いだ。お茶が碗から溢れ出ても禅師は注ぎ続けるのをじっと見ていた教授は、もうがまんができなくなり、こう言った。
 「もう溢れています。それ以上は入りません」
 「これと同じだ」と禅師が答えた。
 「あなたの頭は、自分の考えや思い込みでいっぱいだ。あなたの頭を空っぽにしなければ、 どうしてあなたに禅を教えることができようか」                 
ヘンリ・ナウエン(著)『静まりから生まれるもの』より

 これはいわゆる禅問答であろうが、それにしては内容は分かりやすい。そしてこれを挿話として引用しているのはカトリックの司祭である。

 ナウエンはこの挿話に続いて次のように書いている。

 愛の配慮をするということは、まず自分の茶碗を空にして、他の人がそばに近づいて来ることを許すことです。

 またナウエンは別の著書『放蕩息子の帰郷』においてレンブラントの絵画『放蕩息子の帰郷』を黙想の題材として、この主題をさらに深め、私たち人間のすべてを受け入れる父なる神の愛の深さを「空(から)(虚空)」という言葉で表現している。

 レンブラントの描く父は、苦難によってすっかり空(虚空)にさせられた人だ。多くの「死」の苦しみを通し、受けること、与えることにおいて、彼はすっかり自由になった。彼の差し伸べる二つの手は、乞うことも、つかむことも、要求も、警告も、裁きも、断罪もしない。それは祝福し、すべてを与え、何も期待しない両手だ。

 レンブラントは父を、子どもたちの生き方を超越した人間として描いている。そこには、彼自身が感じた孤独と怒りがあったことだろう。しかしそれらは、苦しみと涙によって変えられてきた。彼の孤独は、果てしなく深まる静まり(ソリチュード)となり、怒りは、尽きることのない感謝となった。このような人にこそ、わたしはならねばならない。父の持つ虚空と憐れみ深さの底知れぬ美しさを見るように、わたしはいま、それをはっきり見ている。わたしは、自分の内の弟息子と兄息子を、憐れみあふれる成熟した父へと成長させていけるだろうか?                                    『放蕩息子の帰郷』より

 ナウエンがレンブラントの絵画に見た「父の虚空」を私は父なる神における「聖なる空虚さ」(エンプティネス)と呼びたい。

 またナウエンは別のところで以下のような記事も書いている。

 「私たちは、貧しさに触れたと思うたびに、その先にもっと大きな貧しさがあることに気づかされる。そこにはもはや、富、財産、成功、喝采、賞賛の世界に戻れる道はない。物質的な貧しさの向こうに精神的貧しさがあり、精神的貧しさの向こうに霊的貧しさがある。その向こうには何もない(ナッシング)。つまり、神の慈しみ深さに身を投げ出す信頼のほか、何もない。慈しみがある以外、何もない場所へは、ただ、イエスと共に行くことだけが可能だ。そこは、イエスがこう叫ばれた場所である。『わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか。』そこはまた、イエスが新しい命に復活された場所でもある。」                        (『明日への道』一九八五年十二月八日の日記)

 私たち人間の虚しさ、あらゆる「無」(ナッシング)を十字架の上のイエス・キリストに在ってすべて包み込む、父なる神の、否、三位一体の神のうちにある「聖なる空虚さ」(エンプティネス)という新しい洞察は、私たち信仰者に大きな平安をもたらす、まさしく福音である。

にほんブログ村 哲学ブログ キリスト教・クリスチャンへ

人気blogランキングへ

放蕩息子の帰郷―父の家に立ち返る物語― Book 放蕩息子の帰郷―父の家に立ち返る物語―

著者:ヘンリ・ナウエン
販売元:あめんどう
Amazon.co.jpで詳細を確認する

静まりから生まれるもの ー信仰生活についての三つの霊想ー Book 静まりから生まれるもの ー信仰生活についての三つの霊想ー

著者:ヘンリ・ナウエン
販売元:あめんどう
Amazon.co.jpで詳細を確認する

 

| | コメント (2) | トラックバック (0)

花 ~すべての人の心に花を~

泣きなさい、笑いなさい。

なんて嬉しい唄なのだろうか。

ここでは泣くことが許されているだけでなく、笑うことと同列に大いに奨励されている。

泣くことと笑うことが等しく人生に必要なことであり、またそれ以上のものであるという、人生の神秘を説き明かしている。

「私たちの人生の目的は花を咲かせることである。」

この唄は私たちにそう教えている。

「いつの日か、いつの日か、」

私たちの人生は、この言葉の繰り返しである。

それが悪いことではないと、この唄は教えてくれる。

私たちにはいつでも希望があることをも謡っている。

私の胸には、この唄はそのように響く。

花とは私たちの希望と憧れの象徴(シンボル)である。

そして花は、私たちの心の中に咲くのである。

私たちは花が咲き誇る季節が来ることを待っている。

ほら、冬は過ぎ去り、大雨も通り過ぎて行った。
地には花が咲き乱れ、歌の季節がやって来た。
山鳩の声が、私たちの国に聞こえる。
                       雅歌2:11,12

にほんブログ村 哲学ブログ キリスト教・クリスチャンへ

人気blogランキングへ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

大漁~金子 みすゞ

大漁

朝焼け小焼けだ大漁だ
オオバいわしの大漁だ

浜は祭りのようだけど
海の中では何万の
いわしの弔いするだろう

これは他者の痛みに対する想像力を詠った詩である。

私たちが喜んでいる、まさにその瞬間、その同じ現象を悲しんでいる人々がいるかもしれないことを私たちは忘れてはならない。

この詩において「祭り」と「弔い」はコインの表と裏のように一体である。

願わくば私は常に「弔い」の側に立つ者でありたい。

祝宴の家に行くよりは、喪中の家に行くほうがよい。そこには、すべての人の終わりがあり、生きている者がそれを心に留めるようになるからだ。
悲しみは笑いにまさる。顔の曇りによって心は良くなる。
知恵ある者の心は喪中の家に向き、愚かな者の心は楽しみの家に向く。
                                  伝道者の書7:2~4

にほんブログ村 哲学ブログ キリスト教・クリスチャンへ

人気blogランキングへ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

「ひとりの人」の哲学

 NHKの番組『ハーバード白熱教室@東京大学』において講師であるハーバード大学の政治哲学の教授マイケル・サンデルは次のような言葉でその講義を閉じていた。

 「哲学は不可能である、しかしこれを避けることはできない。そして、哲学は世界を変えることができる。」

 講義の内容から考えて、ここでの「哲学」という言葉は、世界に存在する、いろいろな難しい問題について、いったい何が「公平」或いは「正義」であるのかを、自分とは違う考えを持つ人々と話し合う、すなわち「対話」をするということであると、私は理解している。

 このような意味での「哲学」が不可能であるというのは、この「対話」自体が不可能であるというのではなく、この「対話」によって絶対的な一つの結論を引き出すことが不可能であるという意味である。しかし同時に、このような「対話」をすることは避けることができない、むしろ大いに必要なことである。そしてこのような「対話」こそ、世界を変える力を持っているのであるとサンデル教授は言っていたのだと思う。

 私はこの言葉に大変感銘を受けた。

 なぜならば、このサンデル教授の言葉は、常日頃私の考えていることと一致していたからである。

 非常に大雑把に捉えて「哲学」が「対話」であるということに私は大筋で同意する。

 事実、歴史上もっとも代表的な哲学者の一人であるソクラテスの哲学の方法は「対話」であった。

 この哲学の方法としての「対話」は、一般に「弁証法」と呼ばれている。

 ここで一言述べておきたいことは無数に存在し、また今後無数に名付けて行くことが可能である細かい哲学の方法やその特性を解説することは私の意図ではないし、そのようなことは私には不可能であるし、またそれが私にとって、さしあたって重要な意味を持つことでもない。

 サンデル教授が講義を結ぶに当って、もう一つ感銘深い言葉を語っている。

 私の記憶からその言葉を正確に引用することはできないが、その内容はだいたい次のようなものである。

「このような「対話」が、今日私たちにできたのであるから、これは今ここにいる私たちにだけできることだとは考えられない。」

 これを私の言葉で言い換えれば「哲学は誰にでも可能である」ということである。

 さらに最初に引用した言葉との関連で言えば、本来、すべての人間にとって、すなわちこの世界に存在する一人ひとりにとって、哲学は避けることのできないものであると、サンデル教授は示唆しているのであると私は考えるし、また私はそれに同意する。

 そこで私も哲学するのであるが、その方法はやはり「対話」であり「弁証法」である。また私は「物語」を愛し、哲学する上でも「物語」におけるシンボルという意味でのモチーフを重視したい。

 そして私の哲学のモチーフは「聖と俗の狭間で生きるひとりの人」である。

 哲学が対話であることを意識しつつも、そのモチーフを「ひとりの人」とするのは、勿論理由あってのことである。

 その理由とは、私はひとりの人間が他者との「真の対話」をするためには、まずその人間が「他者と出会う」ことができる「ひとりの人」でなければならないと考えているからである。

 ユダヤ系宗教哲学者であるマルティン・ブーバーは、その主著『我と汝』において、世界は、人間が世界に対してとる態度によって二重の意味、或いは様態を持つことを論じている。

 以下は、正確な引用ではなく、私の解釈によるものであるが、第一の態度は「我と汝」というものであって、この態度によって人間にとって世界は「関係の世界」という様態を持つ。対して、人間が世界に対して「我とそれ」という態度をとる場合、人間にとって世界は「経験の世界」という様態を持つのである。

 このブーバーにおける「関係の世界」においてのみ人間は他者と真に「出会う」ことができ、且つそこで初めて「対話」が可能になるというのが私の考えである。

 そして他者を「汝」と呼ぶことことができるのは、自分自身が他者にとって「それ」ではなく「汝」であると知っている者だけである。

 つまり人間が他者を「汝」と呼ぶためには、その前にまず自分が「汝」と呼ばれなければならないのである。

 ところで私は「愛」だけが、他者を「汝」と呼ぶことを可能にすると考える。

 つまり「愛」だけが他者を、世界を「経験する」ための手段としての「それ」と呼ぶことを拒否するのであると。

 したがって「汝」と呼ぶものは「汝」と呼ばれるものを愛する者なのである。

 我々人間はこの地上に生まれるとすぐに他者との関係の中に立たされる。

 すべての人間にとって最初の他者とは母親であり、通常これは両親すなわち、父母となる。

 そして父母は我々を「名付け」てのち、愛情を込めて何百回、何千回とその「名」を呼ぶのである。

 父母が我々の名を呼ぶとき、我々は父母にとって「それ」ではなく「汝」である。

 しかし、これらのことは残念ながら、世の真理として常にそうであるとは限らない。

 私がこう言うのは、近年社会問題となっている児童虐待だけを背景に言っているのではなく、人類の歴史を見れば、「親」が「子」を自らの所有物として扱ってきた例は無数に存在するのである。

 「絶対的な愛の関係」のモチーフであるべき「親と子」の関係が、現実においてはそのようなものであるとしたら、我々はいったい「愛」をどこに求めればよいのだろうか。

 ここで話題を「哲学」と「対話」に戻したい。

 「哲学」すなわち「対話」は避けられないものであり、絶対的に必要なものなのであるというのが私の考えである。

 もしそうであるならば、「愛」もなければならないのである。

 そこでユダヤ人であるブーバーが『我と汝』に神を登場させているように、キリスト者である私もまた、神を登場させるのである。

 キリスト教の神(キリスト教の考えではブーバー(ユダヤ教)の神と同一である)は「愛の神」、すなわち「愛する神」である。またこれを別の見方から「呼び出す神」と読んでも良い。

 キリスト教における「教会」を意味するギリシャ語「エクレーシア」とは語源的には「呼び出された者たち」 という意味を持っている。

 ともかく私の神は「愛する神」「呼び出す神」である。

 ここに私が、私の哲学のモチーフを「ひとりの人」とする理由がある。

 なぜならば「愛」とは排他的なものであると私が考えるからである。

 神が私を愛するのは、神が漠然と全人類を愛しているからではなく、あらゆる他者から区別された私という「ひとりの人」を愛しているのである。

 またもしそうでないなら、私は神に愛されているとは考えられないし、それでは私が神を愛する理由にはならないからである。

 神は多くの人間の中から私という「ひとりの人」に目を留めて私の名を呼んで下さったのである。

 そしてこの呼び声を聞くために、私は「ひとりの人」でなければならなかったとも考えている。

 つまり私があらゆる他者の中に埋没してしまい、「自分という存在」に向き合わないならば神の呼び声は私の耳に届かないのである。

 ここにおける「ひとりの人」とは、他者から離れる者、すなわち「静まり(ソリチュード)の中にある者」という意味である。

 この「ひとりの人」という私の哲学のモチーフについて、恐らく私は限り無く論じることが出来るであろうし、或いは論じつくすことは不可能であろう。

 ここまでで示した「ひとりの人」というモチーフを、私は多くのキリスト教著作家たちの著作から得ている。

 その代表的な名前を挙げれるとすればジェームズ・フーストン、ヘンリ・ナウエン、キェルケゴールなどがそうである。

 中でもこの記事の内容にもっとも深く関連するのはナウエンである。

 ナウエンの『愛されている者の生活』という著作があるが、その中で語られている「愛されている者」のイメージは、この記事の後半における「ひとりの人」のイメージに非常に近いものである。

 ここから、私の「ひとりの人」の哲学は「愛されている者」の哲学であることを述べて一先ずの結びとしたい。

にほんブログ村 哲学ブログ キリスト教・クリスチャンへ

人気blogランキングへ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

アンデルセン自伝~わが生涯の物語~より

引き続き、先日のKKベストセラーズ『一個人』の特集記事からの引用「キリスト教は信仰だけでなく、思想や文化、歴史や政治、生活にまで根づいている。」という文章を受けて、今日は童話作家ハンス・クリスチャン・アンデルセンの自伝から記事を紹介したい。

これは主に自伝の結びの箇所からの引用である。

 私の今までの生涯に晴れた日も曇った日もあった。けれども、すべてはけっきょく私のためになったのである。いわば、一定の目的地へ向かう海の旅のように、舵を取り進路を選ぶのは私自身である。私は私の義務をつくす。しかし、海を支配して暴風をおこし船をあらぬかたへ向けるのは、神の意思である。もしそうなっても、それはそれでまた、私にとっては一ばんよいことなのである。神となれば、私の胸は常に神を信ずる念にみち、私の心はいつもこの信仰によって幸福だからである。
 今日までの生涯の物語は、私自身ではとうてい考え出せないくらい、まことにゆたかにそしてみごとに眼前にくりひろげられた。私は自分が幸運の寵児であることをしみじみと感ずる。ほとんどすべての人が私をそっちょくにそして親切にむかえてくれた。私が人々にささげた信頼のうらぎられたためしはきわめてまれであった。上は王侯より下は貧しい百姓にいたるまで、私は彼らの胸に貴い人間の心の鼓動するひびきを聞いた。さても、生きることの楽しさよ!神と人間を信ずることの何というよろこびよ!
 あたかも愛する友だちに取りまかれている時のような気安い気持で、私は腹蔵なく私の身の上話を語った。私の憂いと幸福とを物語った。世人の敬意と称賛とに対する私のよろこびを吐露した。たとえ神のみ前であっても、このままそっくり申し上げることができると信じている。

 そして、アンデルセンの自伝の最後の言葉はこうである。

 私は神と人間とに対して、つつしんで私の心からなる感謝と愛とをささげる。

 これらの文章でアンデルセンが神と呼んでいるのは、聖書の神すなわちキリスト教の神である。

 そしてアンデルセンの多くの作品は、キリスト教の信仰の中心である「永遠のいのち」「たましいの救済」を主題に書かれている。

 例えば「人魚姫」や「マッチ売りの少女」がそうである。

 またそれ以外のほとんどすべての作品が、「善なる創造主によって造られた世界の美しさと喜び」「子どもの心の清らかさ」「友情の美しさ」「苦難の先にある希望」「善人の死に対する寛容さ」「悪人に対する裁き」など聖書の指し示す真理を主題としている。

 アンデルセンの童話の魅力は彼のキリスト教信仰に立った、神の支配する美しく善に満ちた世界観、そして、どんな苦しみや悲しみの先にも「希望」はあるのだという確信から来ているのである。

 そしてこのようなアンデルセンの信仰的世界観はその後の多くの作家、芸術家たちに大きな影響を与えている。

 むしろここで私が考えることは、いったい「善」と「美」、また「永遠」を追求する芸術家、思想家がキリスト教に接しているとして、その影響を受けないでいられるであろうかということである。

 また、現代の社会においてそのようなことがもし可能であったとして、キリスト教について聞いたことも接したことも全くない人間が、ともかく「善」と「美」、「永遠」を追求しようとした時、その行き着くところは、けっきょくキリスト教的なものにならざるを得ないのではないかということである。

 なぜならば、キリスト教とは、この世に「善」と「美」、そして人間が「永遠」という体験不可能な概念に対する強い「憧れ」をその内面に持っている事実に対するもっとも整合性の取れた説明を提供するものだからである。

 ここから、この宇宙と人間性に関するすべての謎に対する答えはキリスト教の中に存すると私は考えている。

 そこで私は、先日「一個人」-2010年12月号-KKベストセラーズ 保存版特集「キリスト教入門」 について引用した「キリスト教への理解は、人類と世界への理解といっても過言ではないだろう。」という言葉に心から同意するのである。

にほんブログ村
 哲学ブログ キリスト教・クリスチャンへ

人気blogランキングへ

| | コメント (2) | トラックバック (0)

イエス・キリストは、愛の上に彼の王国を打ち立てている~ナポレオンの遺書より~

先日のKKベストセラーズ『一個人』の特集記事からの引用「キリスト教は信仰だけでなく、思想や文化、歴史や政治、生活にまで根づいている。」という文章を受けて、今日は、歴史上の偉人と呼ばれる人物に対するキリスト教の影響を知るのに役立つ一つの資料を紹介したい。

以下に引用するのは、かのナポレオン・ボナパルトの遺書の一部を抜粋したものである。

私は、大胆に、キリストを信じますと、
大声で告白できなかった。
そうだ、私は、自分がクリスチャンであると、
告白すべきだった。
今、セントヘレナにあって、
もはや遠慮する必要はない。
私の心の底に信じていた事実を告白する。
私は、永遠の神が存在していることを信じる。
その方に比べると、バートランド大将よ、
貴方はただの元首に過ぎない。
私の天才的なすべての能力をもってしても、
このお方と比較する時、私は無である。
完全に無の存在である。
私は、永遠の神キリストを認める。
私は、キリストを必要とする。
私は、キリストを信ずる。
私は、今セントヘレナの島につながれている。
一体誰が、今日私のために戦って死んでくれるだろうか。
誰が、私のことを思ってくれているだろうか。
私のために、死力を尽くしてくれる者が今あるだろうか。
昨日の我が友はいずこへ。
ローマの皇帝カイザルもアレクサンダー大王も
忘れられてしまった。
私とて同様である。
これが、大ナポレオンとあがめられた私の最後である。
イエス・キリストの永遠の支配と、
大ナポレオンと呼ばれた私の間には、
大きな深い隔たりがある。
キリストは愛され、
キリストは礼拝され、
キリストへの信仰と献身は、
全世界を包んでいる。
これを、死んでしまったキリストと
呼ぶことが出来ようか。
イエス・キリストは、
永遠の生ける神であることの証明である。
私ナポレオンは、
力の上に帝国を築こうとして失敗した。
イエス・キリストは、
愛の上に彼の王国を打ち立てている。

正直、私はナポレオンという人物についてそれ程多くのことを知らない。

しかし、この言葉を読むとき、私はナポレオン・ボナパルトという歴史上の一人の人格を、非常に親しい友のように感ずる。

ナポレオン、あなたもまたイエス・キリストの憐みを必要としていたひとりの人に過ぎなかったのだと。

それではあなたもまた私の友であり兄弟である。

願わくば、私たちのために天に備えられた永遠の家においては、ともにテーブルを囲み、私たちの恩人、共通の良き友であるイエス・キリストについて語り明かしたいものである。

或いは、イエス・キリストもそのテーブルに招き、幸いな永遠の中のひと時を過ごしたいとも思う。

にほんブログ村
 哲学ブログ キリスト教・クリスチャンへ

人気blogランキングへ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

「一個人」-2010年12月号-KKベストセラーズ 保存版特集「キリスト教入門」

Magazine_img
「世界人口の三分の一を信徒とする、世界最大の宗教であるキリスト教。
 しかしキリスト教徒が1%に満たない日本では、十分な知識や理解がないまま、
 教会で式を挙げ、クリスマスを祝っていることも少なくない。
 歴史的に有名な西洋美術のほとんどがキリスト教に関連し、
 そこに描かれたモチーフやシンボルを読み解かなければ理解できない。
 キリスト教は信仰だけでなく、思想や文化、歴史や政治、生活にまで根づいている。
 キリスト教への理解は、人類と世界への理解といっても過言ではないだろう。」

 『一個人』は「おとなの楽しい生き方マガジン」「私の時間を愉しむ実用情報誌」というフレコミである。

 クリスマスが近づき街中がネオンで色づき、クリスマス・キャロルが聴こえてくる季節である。これを機会に、ファッションではないキリスト教についての理解を深めて見るのも良いのではないだろうか。そこには、人生を豊かにする気づきが待っていること請け合いである。

にほんブログ村
 哲学ブログ キリスト教・クリスチャンへ

人気blogランキングへ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

愛の配慮をもって―With Care

 前回に引き続きヘンリ・ナウエン著『静まりから生まれるもの』の中から、「愛の配慮(ケア)」についての記事を紹介したい。

 「独り静まる時から押し出されて、イエスは困難の中にいる人々に愛の配慮(ケア)の手をさし伸ばされました。その独りきりの場所において、イエスの愛の配慮(ケア)は深まり、成熟していきました。」

 「愛の配慮(ケア)の伴わない救済(キュア)の業は、冷たい心で与える贈り物のように、それを受け取る人の尊厳を損ないます。」

 「「ケア」という言葉の語源は、ゴート族の言葉で、心を痛め、悲しむという意味の「カラ」から来ています。ケアの本来の意味は、心を痛めること、悲しみを経験すること、共に叫ぶことです。」

 「本当の配慮(ケア)をしてくれる友とはどのような人かと言えば、わたしたちが絶望し、混乱しているとき、黙ってそばにいてくれる人であり、愛する人を失った悲しみと喪失のときに、わたしたちと一緒にいてくれる人です。意味を教えてくれなくても、治せなくても、癒せなくても、わたしたちの無力さに一緒に向き合ってくれる人です。」

 以前私は、「愛とは徹底した配慮である」という言葉にある書物の中で出会い、それ以来その言葉は、私の心の深い部分に刻まれている。

 またある解説によれば、「忠実」とは「いつも傍らにいる」という意味だという。

 そこで私は、ナウエンのこれらの言葉から、「愛」「配慮」「忠実」という三つの言葉について黙想させられた。

 そして今私は、「愛の人」=「配慮ある者」、そして神に対してだけでなく、すべての人々に対して「忠実な者」でありたいと願っている。

にほんブログ村 哲学ブログ キリスト教・クリスチャンへ

人気blogランキングへ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

「ひとりの人」について

 さて、イエスは、朝早くまだ暗いうちに起きて、寂しい所へ出て行き、そこで祈っておられた。  マルコ1:35

 独りきりになれる場所を持たなければ、自分の生活が危うくなることに、わたしたちはうすうす気づいています。沈黙なくして語られる言葉は、その意味を失うこと、聴くことなくして語られる言葉は、もはや癒す力がないこと、そして、隔たりを持たない近さは救済(キュア)をもたらさないことを、どこかで分かっているのです。独りきりになる場所を持たないと、何をしたとしてもたちまち内実の伴わない見せかけになってしまうことを、すでにわたしたちは知っています。沈黙することと語ること、離れ退くことと深く関わること、距離を取ることと近づくこと、独りになることと共同体に生きること、これらの間に注意深くバランスを保つことは、キリスト者生活の土台を築くものです。                          ヘンリ・ナウエン〔著〕『静まりから生まれるもの』より

 私の生涯のテーマは「ひとりの人」として生きるというものである。

 この「ひとり」とは「独り」であり「一人」でもある。

 英語では「independent」「individual」「personal」「private」などの概念を併せ持つ「ひとりの独立した人格」としての「ひとりの人(person)」である。

 そこで私は、上で引用した「独りきりになれる場所」についての言葉は、単にキリスト者の生活の土台であるに止まらず、私の志向する「ひとりの人」として生きるための土台であると考えている。

 また私は人間が真に「独りきり」になるためには、単に空間的に「離れ退いて」「独り」になるだけでは十分ではないと考える。

 むしろ、日常生活の只中において、人々に囲まれていたとしても、心の中に「独りきりになれる場所」を持っていなければならないと考えている。

 しかし、そのような「独りきりになれる場所」を心の中に持つためには、日々の生活の中で、空間的な「独りきりになれる場所」を、時間的に確保する必要があることをも認めている。

 キリスト者である私にとって、そのような生活のもっとも良い模範は冒頭に引用した聖書の中のイエス・キリストに関する記述である。

 イエス・キリストは、そのように時間的にも空間的にも「独りきりになれる場所」を確実に確保していたため、その内面に、誰にも壊すことも奪うこともできない、「独りきりになれる場所」を持っていたのであると私は考える。

 しかも、イエス・キリストは、その「独りきりになれる場所」において、父なる神と共におり、さらにキリストは、今この時も、彼の救済すべき全人類を「その場所」に招いているのである。

 私の考える「ひとりの人」とはそのような者のことである。

 すなわち「独りきりになれる者」であると共に「すべての者と共にいることができる者」である。

にほんブログ村 哲学ブログ キリスト教・クリスチャンへ

人気blogランキングへ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

おてんと様のお使い

 今日も金子みすゞさんの詩をひとつ紹介したいと思います。

日の光

   おてんと様のお使いが
   そろって空をたちました。
   みちで出会ったみなみ風、
   (何しに、どこへ。)とききました。

   ひとりは答えていいました。
   (この「明るさ」を地にまくの、
   みんながお仕事できるよう。)

   ひとりはさもさもうれしそう。
   (わたしはお花をさかせるの、
   世界をたのしくするために。)

   ひとりはやさしく、おとなしく、
   (わたしはきよいたましいの、
   のぼるそり橋かけるのよ。)

   のこったひとりはさみしそう。
   (わたしは「かげ」をつくるため、
   やっぱり一しょにまいります。)

 「おてんと様のお使い」

 なんとも心の温まる響きを持っている言葉である。

 これは単純には、誰にでも、その人に与えられた役割があるということを詠った詩であるように読むことができる。 

 そして自分がこの世に生まれた理由、生きる目的はいったいなんなのだろうかと考えさせられる。 

 3人目までの答えには、誰もが幸福を感じる、やさしい響きがある。

 私もそのような者でありたいと思わされる。

 しかし「のこったひとり」は、どうか。

 ここで私は考えるのであるが、この詩の読者がもっとも共感を抱きやすいのは、この「のこったひとり」なのではないだろうか。

 私たちは皆、「明るさ」を地にまいたり、お花をさかせたりしたいのである。

 「きよいたましいの、のぼるそり橋かける」などというのは、本当に特別な、栄誉ある使命であるから、まるで夢のようなものである。

 しかし現実には、私たちは「かげ」をつくる者でしかない。

 誰もが、一生で一度はそのように考えるのではないだろうか。

 作者である金子みすゞさんが、具体的にはどのような意味で「かげ」をつくるという言葉を使っているのかは解らない。

 「つまらない当たり前の仕事」という意味だろうか、或いは、人生の闇、影などというよりネガティブなイメージであろうか。

 私としては恐らく前者であったのではないかと考えているが、それにしても「のこったひとりはさみしそう」であったと詠われている。

 ところでこの「お使いたち」を遣わした「おてんと様」は、いったいどんな気持ちで彼らを見送ったのだろうか。

 遣わすからには理由があり、その理由のすべてが大切で必要なことであったに違いないのだ。

 ここからは、私の空想話である。

 「かげ」をつくるために地上にやってきた「お使い」は、ある日、自分の仕事がつまらないのでさぼってしまいました。

 すると、この世界から「かげ」という「かげ」は一つも無くなってしまいました。

 すると「お使い」の耳には、どこからともなく、子どもたちの声が聞こえてきました。

 「きょうはなぜだか「かげ」ができない。これでは「かげふみ」ができない」

 「わたしはあの岬の灯台の、「かげ」が動くのを見るのが大好きなのに、きょうは「かげ」が見えない」

 「「おてんと様」があんなに照っているのに、「かげ」ができないなんて、なんだか気味が悪いやい」

 仕舞いにある女の子が泣きそうな声で言いました。

 「「おてんと様」はご病気かしら」

 これを聞いて、「お使い」は、びっくりしました。

 今までは、自分の仕事なんて、あってもなくても変わらない、どうでもいい、つまらない仕事だと思っていたのに、どうやらそうでは無いらしい。

 あわてて「お使い」は仕事にとりかかりました。

 あらゆるものの「かげ」が元どおりにあらわれました。

 「わーい、これできょうも「かげふみ」をして遊べる」

 「灯台の「かげ」も帰ってきたわ。それになんだか、いつもよりくっきり、はっきりしてるみたい。」

 そしてさきほど泣きそうだった女の子は、

 「ああ、良かった。「おてんと様」がお元気になったのね」

 ととても嬉しそうに言いました。

 それを聞いて「お使い」も、とても嬉しい気持ちになりました。

 なんだか、誇らしい気もしました。

 「わーい、嬉しいな、ぼくがつくる「かげ」で、みんながこんなに喜んでくれるなんて。「おてんと様」が、こんなに素敵なお仕事をぼくにまかせてくださってたなんて、ぼくはぜんぜん知らなかったなぁ」

 それからは「お使い」は、一日も休まずに、まいにち「かげ」をつくりつづけています。

 それを見て「おてんと様」もとても嬉しそうに輝いていました。

 チャンチャン♪

にほんブログ村 哲学ブログ キリスト教・クリスチャンへ

人気blogランキングへ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2010年10月 | トップページ | 2010年12月 »