« 「ひとりの人」の哲学 | トップページ | 花 ~すべての人の心に花を~ »

大漁~金子 みすゞ

大漁

朝焼け小焼けだ大漁だ
オオバいわしの大漁だ

浜は祭りのようだけど
海の中では何万の
いわしの弔いするだろう

これは他者の痛みに対する想像力を詠った詩である。

私たちが喜んでいる、まさにその瞬間、その同じ現象を悲しんでいる人々がいるかもしれないことを私たちは忘れてはならない。

この詩において「祭り」と「弔い」はコインの表と裏のように一体である。

願わくば私は常に「弔い」の側に立つ者でありたい。

祝宴の家に行くよりは、喪中の家に行くほうがよい。そこには、すべての人の終わりがあり、生きている者がそれを心に留めるようになるからだ。
悲しみは笑いにまさる。顔の曇りによって心は良くなる。
知恵ある者の心は喪中の家に向き、愚かな者の心は楽しみの家に向く。
                                  伝道者の書7:2~4

にほんブログ村 哲学ブログ キリスト教・クリスチャンへ

人気blogランキングへ

|

« 「ひとりの人」の哲学 | トップページ | 花 ~すべての人の心に花を~ »

独白ではなく、対話として・・・」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/415506/37656006

この記事へのトラックバック一覧です: 大漁~金子 みすゞ:

« 「ひとりの人」の哲学 | トップページ | 花 ~すべての人の心に花を~ »